“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか? 読みました

“未”顧客理解という本を読んで、よくわからなかったことがあったのでそれを書こうと思います。

まず、私のこの本で理解した、と思っていることを書いてみます。

売上を上げる、上げ続ける、最大化するには、ターゲットを絞ってその人達に向けた施策を行うのではなく、日本で言うなら1億2,3千万人を対象に施策を実行すべき。そして、その多くの人たちとの接点を多く作り、商品やサービスの利用をしてもらえる機会を増やすことがいい、というものです。



私が疑問に感じたのは、図にある複数のCEP(カテゴリーエントリーポイント)です。CEPについても私の理解した内容を書いておくと、人の行動や生活様式などのその時々の意識や態度、認識、考えなどから行動原理を推察しそれらを商品やサービスに関連付けて、関連付けた行動などを取ったり考えた時に想起してもらう、購入などの行動をしてもらうためのきっかけ、かな?と理解しています。
このCEPを複数、設定するということは、それぞれのCEPはそれなりに違いがあるのだと思うのです。似ているのなら複数必要ではないでしょうし、複数必要ないのなら従来と変わらないでしょうから。
そうなると、複数のCEPによって商品やサービスなどのイメージがぼやけたり、理解の妨げになったりはしないのかな?と思うのです。

例えば、冴えない毎日の1日の締めくくりに良い、といわれて気になった物が、甘さ控えめ糖質OFFだから心おきなくデザートが取れる、とも言われていたりすると、せっかく1日の締めくくりに充実感を味わいたいと興味を持ってもらっても、デザートの疑似体験みたいなイメージも付いて、ぼやけてしまうようこともあるのではと思うのです。そんな時に、1日の締めくくりにおすすめという訴求点が明確な他の商品なんかがあると、そちらを選ばれたり、ということもあるのでは、と。他を選ばれることが考えすぎだとしても、ぼやけてしまうと、手を伸ばしてもらいにくくしてしまって、見込んだ成功を達成できず、中途半端な成功になるのではと。
もしかすると、そうした複数のことに当てはまる人はいないから、自分に関係のない訴求内容は認知・認識されない、というのなら、それは甘い考えのようにも思うのです。
一旦、自分に関係のあることとして関心を持てば、その商品などが目につきやすくなると思います。そうなると、異なる訴求内容のメッセージも記憶されやすくなるのではないでしょうか。

ここで、少し脱線すると、お金などかかるコストはどうなるのだろうかとも思います。単純に増やしたCEPの分だけ増やすのか、訴求する内容は増えるけど、費用は現状維持で、いやいや、各CEPに該当する人や見込まれる利益などのボリュームに合わせて配分するとか?何にせよ、見込んだ成功が中途半端になると利益率が悪くなるだろうし。
こういう事も含めて、CEPを増やすとそれだけ施策のオペレーションが難しくなるでしょうし、難しい割に得られるものが少なくなったりしないのかな?などと思うわけです。
閑話休題、オペレーションの大変さはさておき、イメージの明確性が損なわれたり、理解の妨げになったりの対策はとくに書かれていなかったと思うので気になりました。

それから、最初から1億2千万人を対象にする企業はそうそうなくても、最初のターゲット層に固執してロイヤルティを上げながら、成熟期を迎えて廃止、なんてプロセスをすべてが歩んでいるわけではないでしょう。売上を伸ばすことを考えた時、この本で言う、未顧客にアプローチもするでしょう。未顧客のデータが無い、と書かれていますけど、確かに中小企業なんかは、市場調査として同業者のお店を見て回ったりといったといったリサーチしかしていなければ、定量データは無いでしょう。ですが、定性データはあるのではないでしょうか。誰でもが見られる形にして頭の外に残しているかどうかはわかりませんが。大企業なんかは、他社ユーザーや非ユーザーを対象者としたリサーチぐらいやっているのではないでしょうか。
また、市場開拓として新しいターゲットに拡大したりということは従来から行われているでしょうし。むしろ、従来の方が、ターゲットを広げるためにCEPが増えても、拡大施策を取るまでの成功や実績による安心感がイメージの混乱や理解の妨げによる障壁を取り除いて、より多くの人に浸透しやすいかもしれません。

私はCEPの理解がおかしいので、疑問にかんじるのでしょうか。ということで今回は以上です。